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April 2342013

 桜貝入る拳を当てにけり

                           滝本香世

つの頃からか、どこの海岸に行ってももっとも美しい貝をひとつを選んで持ち帰っている。集めた貝殻を地図の上に置いていけば、いつか日本の輪郭をなぞることができる予定である。桜貝はニッコウ貝科の一種をいうようだが、桜色の二枚貝を総称する。波打ち際に寄せる貝のなかでも、水に濡れた薄紅色はことに目を引き、ひとつ見つければ、またひとつ、と貝の方から視界に飛び込んでくる。掲句の光景はしばらく波とたわむれていた子どもがあどけない声で問うているのだろう。うららかな春の日差しのもとで、繰り返されるおだやかなひとときだ。小さな掌に隠れるほどの貝が一層愛おしく、淡い色彩も、欠けやすいはかなさも、すべてが幸せの象徴であるかのように感じられる。「どっちの手に入っているか」と、突き出す濡れた指先にもまた桜貝のような可愛らしい爪が並んでいることだろう。「ZouX 326号」所載。(土肥あき子)


October 16102015

 鵙日和医師も患者も老いにけり

                           滝本香世

は仁術なりと聞いたが人間の信頼関係が凝縮されている。患者から見れば吾が命を託す神様みたいなものである。そう信頼されると医師もまた誠を尽そうと本気を出して事に当たる。場合によっては自分のプライドを捨てて他の専門医をあれやこれと紹介したりもする。こうして二人の付き合いも永くなって診察合間の談話も親しいものとなってゆく。他愛も無いやりとりに医師は顔色診察をしている。鵙のつんざく様な高鳴きが聞こえた。おだやかな秋の一日、良い鵙日和ですなあと言葉を締めくくり、事も無く今日が過ぎてゆく。人は共に老いてゆく。願わくば穏やかに老いたいものである。因みに句の作者も連れ合い様共々に医師と聞いている。<看護師に子の迎へあり春休み><日向ぼこり女盛りの過ぎにけり><天国に予約をふたり小鳥来る>など収容あり。『待合室』(2015)所収。(藤嶋 務)




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